世界の宗教史 第3部 / 中世編

部末まとめ

宗教世界の形成と拡大

宗教世界は固定した地図ではありませんでした。仏教は陸海のネットワークを通じて伝わり、イスラム共同体は政治的な拡大と地域ごとの改宗を重ねました。翻訳、学習、美術、日々の儀礼を担う人びとが、そのつながりを支えました。

分裂と共存も、長い過程として理解できます。イスラムの後継者問題やキリスト教の東西関係は、後の教義・制度の形成へつながりました。日本では神と仏の結びつきが広く定着します。どの地域でも、権威を持つ人びとと、実際に信仰を生きる人びとの双方を見ることが必要です。

次巻では、近世の国家と交易の拡大、ヨーロッパの宗教改革、海を越える宣教へ進みます。それ以前から続くアフリカ・南アジアの歴史も、同じ世界の動きとして読みます。

本文を振り返る

  1. 第1章仏教のアジアへの伝播と多様化
  2. 第2章イスラム教の成立 ― 啓示とウンマ
  3. 第3章イスラム世界の拡大 ― 帝国と交易
  4. 第4章中世キリスト教世界と東西教会
  5. 第5章日本の宗教史 ― 受容と神仏習合
  6. 部末まとめ

資料で復習

写真と史料に戻って確かめる

本文の説明を、実物資料のどこに結びつけられるでしょうか。問いを選ぶと、資料と考え方の例へ戻れます。

  1. この像は、仏教が486年に初めて中国へ来た証拠でしょうか。
  2. この写真を「ムハンマドが啓示を受けた当時のクルアーン」と紹介してよいでしょうか。
  3. この器から「ニーシャープールの住民は皆アラブ人だった」と言えるでしょうか。
  4. 聖遺物容器が現存することは、その中身の伝承がすべて歴史的に証明されたことを意味するでしょうか。
  5. 上部の仏・菩薩が描かれているので、下の景観もすべて寺院だと判断してよいでしょうか。

この部の主な年代

  1. 6世紀
    日本へ仏教が公伝

    538年説・552年説。渡来人の信仰はそれ以前にも。

  2. 622年
    ヒジュラ

    メッカからメディナへ。イスラム暦の紀元。

  3. 661年
    ウマイヤ朝の成立

    ダマスクスを中心に広域の帝国へ。

  4. 680年
    カルバラーの事件

    フサインの死がシーア派の記憶の重要な出来事となる。

  5. 750年
    アッバース朝の成立

    のちにバグダードが文化・学問の中心に。

  6. 1054年
    東西教会の相互破門

    長期的な分離の象徴的な年。

  7. 1095年/1204年
    十字軍の呼びかけ/第4回の転換

    1204年にはキリスト教都市コンスタンティノープルが攻略される。

  8. 12〜13世紀
    日本の仏教の新たな展開

    念仏・禅・法華経への信仰などが広がる。