20世紀 ― 民族主義・迫害・人権
近代国家は宗教から離れるだけでなく、宗教的な帰属を政治に利用することもありました。迫害の歴史と権利の保障を具体的に学びます。

1963年8月28日、リンカーン記念堂前で撮影されたワシントン大行進の指導者たち。宗教者だけでなく、公民権団体や労働運動の関係者も参加した連合の一場面です。
1963年8月28日。米国情報局の記録に含まれる写真。
Rowland Scherman / U.S. Information Agency; National Archives, 306-SSM-4-D-102-15(NAID 542063)
Images of the Week: The March on Washington · パブリックドメイン
1.宗教と民族・国家は一致しない
人びとが何者であるかを示す要素には、信仰、言語、家族、居住地、国籍などがあります。民族主義の運動や国家の政策は、そのうち一つを「国民らしさ」の基準にし、少数者を排除する場合がありました。宗教的な対立に見える出来事でも、領土、移住、資源、植民地支配、政治参加の問題が重なっています。宗教名だけで戦争や対立の原因を説明することはできません。
たとえば1947年、英領インドはインドとパキスタンへ分割されて独立しました。背景には植民地支配の終結と、独立後の国家をめぐる政治交渉の行き詰まりがありました。国境の両側でムスリム、ヒンドゥー教徒、シク教徒らが暴力の被害を受け、多数が住み慣れた土地を離れます。混在して暮らしていた社会に境界を引く過程を見れば、教義の相違だけで起きた出来事ではないことがわかります。
2.反ユダヤ主義とホロコースト
ヨーロッパの反ユダヤ主義には、長い宗教的な偏見と差別の歴史がありました。近代には、ユダヤ人を人種として劣った存在とみなす誤った思想も加わりました。ナチ・ドイツとその同盟者・協力者は、約600万人のユダヤ人を殺害しました。ホロコーストは、単なる「宗教同士の争い」ではなく、国家が主導した迫害とジェノサイドです。信仰実践の有無にかかわらず、ナチ側の分類によって標的とされた人びとがいました。
長年の偏見があったことと、ジェノサイドが必然だったことは同じではありません。国家の政策、戦争、協力者の行動など、具体的な決定が迫害を拡大させました。歴史的背景を説明しながら、行為者の選択と責任を曖昧にしないことが、この歴史を学ぶうえで欠かせません。
3.国家による宗教への抑圧と動員
ソ連では、1920〜1930年代に宗教財産の接収、聖職者や信徒への迫害、宗教教育の制限などが進められました。とくにロシア正教会は大きな打撃を受けます。ところが1941年に独ソ戦が始まると、スターリン政権は戦争への愛国的な支持を得るため教会との関係を変えました。宗教を社会から取り除こうとする政策と、宗教を国家の目的に利用する政策が、同じ体制の中で現れたのです。
この変化は、教義上の原則だけでは国家の行動を説明できないことを示します。また、教会の組織が存続したことと、信徒が自由に活動できたことは同じではありません。法令、施設の状況、個人の経験を組み合わせて、何が認められ、何が制限されたかを具体的に読む必要があります。
4.1948年の世界人権宣言
第二次世界大戦後、1948年の世界人権宣言は、思想・良心・宗教の自由を第18条に掲げました。そこには宗教や信念を変える自由と、個人で、また他者とともに表明する自由が含まれます。これは各宗教の教義を一つに統一することではなく、異なる立場の人が尊厳を持って生きるための原則です。宣言が採択されたことと、その原則が各地で実現したことは、やはり区別しなければなりません。
宗教の自由を考えるとき、信仰を持つ人だけでなく、信仰を持たない人や、変更したい人の立場も含めることが大切です。また、少数者の権利を守ることは、特定の宗教の教義を正しいと認定することではありません。異なる立場を持つ人が共に暮らすための条件を整える問題です。
5.公民権運動と宗教間の協力
宗教的な言葉は、排除に対抗する運動にも用いられました。1963年、米国シカゴの「宗教と人種に関する全国会議」には、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教の関係者が集まり、人種差別の克服を論じました。マーティン・ルーサー・キングも参加し、宗教団体の社会的な責任を問いかけます。異なる信仰を持つ人びとが、教義を統一せずに具体的な権利の問題で協力した事例です。
ただし、宗教団体がすべて公民権運動を支持したわけではありません。教会が差別を黙認したことへの批判も会議の重要な論点でした。信仰が同じでも社会への態度は分かれるという事実は、宗教と政治の関係を、組織や個人の選択として考える手がかりになります。
資料を読み解く
写真の外にある「連合」を探す
この集合写真は、牧師キング一人の活動として記憶されがちな公民権運動を、多くの組織の協力として見る入口です。米国国立公文書館の解説は、大行進を公民権団体・宗教団体・労働団体の連合が組織したと説明しています。宗教は政治に動員されるだけでなく、権利を求める協力の基盤にもなりました。
- リンカーン像の前という撮影場所に注目し、奴隷制廃止と公民権運動が、どのように結び付けて表現されたかを考えます。
- 集合写真に写る指導者と、準備・輸送・地域の活動を担った多くの参加者を同一視しないようにします。
- この場面は協力の記録です。宗教団体が当時すべて同じ方針だったことや、運動内部に意見の違いがなかったことを示しません。
資料から考えてみよう
人物名を覚える以外に、何を調べると運動の仕組みが見えるでしょうか。
考え方の例を見る
それぞれの所属組織、共通の要求、参加を支えた地域活動を調べると、異なる立場の人が協力した仕組みが見えてきます。
比較して整理する
大行進を支えた組織の例
| 組織・運動 | 人物の例 | 資料から考える役割 |
|---|---|---|
| 南部キリスト教指導者会議(SCLC) | マルティン・ルーサー・キング・ジュニア | 宗教指導者のネットワーク |
| 全米黒人地位向上協会(NAACP) | ロイ・ウィルキンズ | 公民権を求める全国的な活動 |
| 寝台車従業員組合 | A・フィリップ・ランドルフ | 労働と経済的な権利への要求 |
| 学生非暴力調整委員会(SNCC) | ジョン・ルイス | 学生や若者による運動 |
代表例の整理であり、参加組織の全一覧ではありません。共同の行動と、各団体の違いを両方見るための表です。
資料の出典
章末のまとめ
この章のポイント
- 宗教・民族・国籍を同じものと考えない。
- ホロコーストを国家主導の迫害とジェノサイドとして理解する。
- 戦後の人権原則の成立と、その実現の課題を区別する。
重要用語・人物
- 反ユダヤ主義
- ユダヤ人に対する偏見・敵意・差別。宗教上の偏見に加え、近代には人種主義とも結びついた。
- 信教の自由
- 宗教を信じること、信じないこと、変更することなどに関わる自由。各国で保障の制度と実情は異なる。
- マーティン・ルーサー・キング
- 米国の牧師で公民権運動の指導者。宗教間の協力を通じた人種差別への取り組みにも関わった。
この章の参考資料
本文の数字に対応しています。確認日:2026年9月25日。参考資料と編集方針
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