シルクコード図書館 · 小説の棚雨の秤 · 目次

雨の秤 · 全8章

七 渡す重さ

最初の申立人は、受付票を渡される前に帰ろうとした。市の帳場に並んでいたのではない。朝の市場で、荷をほどく途中に呼び止められたのだ。川路が相談の窓口を指すと、男は今日売る芋のほうを見た。

「話をしたら、順番が後になる」

川路は呼び出しの札を一枚取り、荷の上に置いた。量る番が来たら先に戻ってよい。その間に聞き取りを止める。男はまだ疑っていたが、籠を庇の下へ運んだ。

葉菜は机に向かい合わせず、荷の置き場へ椅子を持っていった。男は売買控えを持っていなかった。紙袋を買った日と同じ日に豆を売ったことなら覚えていると言った。月の初めだったか、半ばだったかは自信がない。以前なら日付不明と一行で書いたはずのところへ、葉菜は紙袋を買った店と、その日降った雨について聞き取った。ただし、その雨を問題の秤の状態へすぐ結びつけないよう、欄を分けた。

芋を量る順番が来て、男は立ち上がった。話は途中だった。葉菜は聞けた範囲を読み返し、続きは翌週の同じ曜日に、市場へ来たときでよいと伝えた。男は受取票を二つ折りにして胸に入れた。

「それまで、俺の話はどこにある」

「番号をつけて、衡器所に保管します。今の紙と、あなたに渡した番号が合います」

男は自分の紙をもう一度開いた。数字を確かめ、籠のところへ戻った。

そうした受付の隣で、試験の準備が進んでいた。説明会の翌日からの二週間、南棟の停止した秤は、商品を量るためには使われなかった。沙和は荷の幅と置き方が変わらないよう、縁に浅い印をつけた試験板を作った。狭い板と広い板に同じ荷を固定し、別の秤でその都度重さを確かめた。布自体が水を吸って重くなる分と、台が湿気を含むために表示が変わる分を混ぜないためだった。

対照の秤は北の倉庫から借りた。運ぶ前と据え付けたあとで確かめる仕事が要り、借用料のほかに運搬人の手間賃も掛かった。市の担当が見積書に眉を寄せると、沙和は道具箱を閉じかけた。

「移したら確かめる。その分を省くなら、比較の数字を私の名で出すことはできない」

担当は、その場で費用を認める権限はないと答えた。沙和は怒鳴らなかった。午後に必要な作業と、翌日へ回せる作業を紙の上で分けた。葉菜は対照秤がまだ使えない午前中、試験を始めず、荷姿の記録と台の寸法の確認をした。

昼過ぎ、費用の印のある紙が届いた。予定した六通りのうち、最初の日に終わったのは二通りだった。遅れは試験表に残った。

晴れた日の午後、広い板の荷を載せても表示はわずかしか動かなかった。沙和は側板との隙間を確認し、数字を読み上げた。葉菜が書き、川路が別の紙に同じ数字を控えた。読み終わってから二枚を合わせ、一箇所だけ違ったところを確かめた。川路は七と一を聞き違えていた。元の数字に線を引き、訂正した理由と時刻を書いた。

「二人が書けば、二つ正しくなるわけじゃないね」

川路は苦笑した。葉菜はその言葉を受けて、次からは読む者が位を分けて読み、記す者が復唱するようにした。市場の荷車が通れば声が消えた。静かな部屋で決めた手順は、荷の通る場所で直さなければ使えなかった。

四日目に雨が降った。台は雨ざらしにせず、以前と同じ庇の下に置いた。湿気を含む時間を取るため、朝の測定だけで判断しなかった。午後になると広い板の荷で差が大きくなったが、狭い板では同じだけ動かなかった。台の側面を軽く叩く前と後、その両方を記録した。表示が落ちるたびに、葉菜は最初の朝の光景を思い浮かべた。それでも試験表に書くのは、目の前で読めた数値だけだった。

乾かしていく試験には、さらに日数が掛かった。雨が上がっても木台の内部はすぐ元へ戻らない。空が晴れていたという証言だけでは、異常がなかった証明にならないことがわかった。一方、降雨のあった取引全てに同じ差があったとも言えない。台が含んだ湿りと荷の幅、位置、その前に使った荷の置き方までが影響した。

説明会で使った一律の率は、そのままでは支払いの確定額にできなかった。

三津田はその結論を受け取った夜、衡器所の掲示を書き直した。原案を引っ込めた理由と、支払いの話そのものを取り下げたのではないことを、続けて書いた。葉菜は掲示の下に、申立ての控えを持っている人は出し直さなくてよい、と加えた。何かが変わるたびに同じ説明をさせられたら、それだけで来なくなる人がいる。

負担の協議は、市場が閉まったあとの帳場で行われた。毎回同じ顔が揃うわけではなかった。買付店の一人は父親の看病で途中から来られなくなり、代理が前回の話を知らずに条件を戻した。組合の会計は屋根修繕の見積もりを持ってきた。市の担当は、機械の修理費と売買の補償費を、同じ財布からは出せないと言った。

トキは二回目の会合から、組合外の売り手の席に座った。選ばれた代表というより、夕方に来られる者がほかにいなかった。家の仕事を片づけるため、終わりの時刻を先に決めてほしいと求めた。時計の針が約束の位置に来ると、話の途中でも立った。最初の晩、組合役員は口を開けて彼女を見たが、次からは議題を減らした。

「最後まで残った人だけで決めないでください。今日ここで決まらなかったことは、次の紙に書いておいて」

トキはそう言って帰った。葉菜は彼女がいなくなったあとの十五分に出た案を、決定欄へ入れなかった。

市が負担するのは、対照秤の借用と検査、交換台と必要な整備、窓口の人員、受付のための印刷と連絡だった。日常の検査で見つける仕組みを作らずに営業を続けさせた責任として、早期払いの原資の一部も負担する。ただし担当だけでは決められず、市の会計側の確認を受ける日が必要だった。

売り手組織は共同秤の維持積立から一部を出し、今冬の屋根修繕を全部延ばす案は退けた。代わりに市場の集会費と新しい看板の費用を取りやめ、差額を移した。それでも足りない分を通常の使用料に上乗せする案には、トキが反対した。

「来月から初めて来る人まで払うんですか。今回、あの秤を使っていない人も」

会計は黙って数え直した。結局、過去の共同購入で買う側になった組合の取引を先に洗い出し、確認できた範囲の差を組合の会計から基金へ戻すことになった。利益を受けた組合員だけに個別に請求するのは難しい。会計はその限界と積立金を使う理由を、次の組合会で説明する役を引き受けた。

買い手側は店ごとの取引記録を提出し、申立てのある分だけでなく、対象期間の幅広の荷の購入を調べることになった。値が下がる操作を続けた店には、早期払いの原資を売買額に応じて先に出してもらう。あとで差が裏付けられたものは、基金への拠出と二重にならないよう精算する。買付店の二軒は、その条件に署名しなかった。帳簿を見せることには応じても、率で先に払うことは認めなかった。

葉菜は参加した店の名だけを掲示する案を聞き、参加しなかった理由も説明する必要があると言った。賛同した者が善く、しない者が全て同じ悪い者だと並べては、異議の内容が消える。結局、店ごとの条件と未合意の点を記録し、個別の申立ては署名の有無にかかわらず受けることになった。まとまらなかった二軒の分を、まとまったことにして紙を閉じることはできなかった。

周作が持ってきた帳簿は、端に煤のついた三冊だった。写しだけでなく原本を照合できるようにする、と言って、帳場へ預ける時間を決めた。遠野屋の主人は市場へ来ず、店の印を押した負担の書面を寄越した。周作個人の懐から全てを払うのではない。仕入れた品を売り、売上を受け取った店の会計から出す、とそこに記されていた。

周作は自分の給金からも出すつもりだと話したが、市の担当は、その扱いを補償の根拠と混ぜないよう求めた。見えるところで身銭を切る行為に、店全体の責任を吸い取らせてはならない。

「では、私がするのは帳簿を出すだけですか」

周作の声には苛立ちがあった。

葉菜は帳簿の一冊を開いた。受入重量から販売まで、布は途中で裂き分けられ、別の荷とまとめられていた。ここから元の一袋の正確な重さは戻せない。しかし、どこへ行ったか、誰が値を決めたかは辿れる箇所がある。

「ここの略字を読める人が要ります。それと、控えと帳簿が合わない人に、その場で店の記録だけが正しいと言わない人が」

周作はページの端を持ったまま座り直した。

「これは、川上の仕上げ場です。店の名じゃなくて、預けた場所を書いている」

彼は別紙に略字を書き出した。ひとつの字に二つの行き先があるものは、断定せずに候補を並べた。葉菜が見れば同じ丸印でも、午前に受けた荷と、夕方の締めで書いた印では意味が違った。翌日は、以前の買付係にも照合を求めることになった。周作一人の記憶を帳簿の鍵にし続けるわけにはいかなかった。

彼は帳場を出る前、申立人に自分から会って謝ってよいかと尋ねた。トキは直接の訪問を望んでいない。葉菜はそれを伝え、窓口を通して文章を渡すかどうか、本人へ確かめることになった。謝る側の都合で、相手に会う仕事を増やさない。その条件に周作は唇を結び、頷いた。

十日目、支払いの選択肢を並べた紙ができた。記録の一致する取引は、荷姿や時期を確認し、裏付けの強さごとに協議する。元の重さを確定できないものは、見込みを含むことを明示する。全てに正確な過去の数字を割り当てる表は作らなかった。

急ぐ人には、調査対象の取引をしたことが確かめられれば、少額の早期払いを受けられるようにした。その金を受け取っても、追加の資料を出して再検討を求められる。後に増額が認められた場合は、既払い分を引いた残りを払う。早期払いを受けず、追加検証を待つことも選べる。どちらを選んでも、最初に申立てた順番を失わない。

記録がないものは、受付の段階で除かなかった。買い手の帳簿、運搬の控え、同行者の話などを照合する。ただし、話が一致しただけで金額まで確定するとは約束しない。確認に至らなかった場合には、その理由を紙にして返し、別の担当による再確認を求める道を残した。

市の担当は、申立てをいつまで受けるかを決めなければ予算が閉じられないと言った。トキは集落へ知らせが届く時間を数えた。山の道が雨で塞がれれば、一度の市で全員へ伝わるとは限らない。最初の受付期間を設けても、そこを過ぎた申立てを自動的に失効させない扱いを求めた。知らせの届かなかった事情がある場合は、別に受ける。その窓口と見直しの日を紙に残して、ようやく日付が入った。

葉菜は紙を試しにトキへ渡した。トキは黙って読み、一箇所で止まった。

「ここに、これで一切を終えるとあります」

市の担当が身を乗り出した。以前使った書式の末尾を、写したまま残していたのだった。葉菜にも、そこまで読み通したはずなのに見落とした覚えがあった。

「消します」

「消した紙をください。私だけに説明しても、次の人が同じところで困る」

トキは紙を返さず、その一行を指で押さえていた。葉菜は新しい紙を作り直し、変更前のものにも廃止と記した。窓口用の束に一枚でも混じれば、口頭の約束は役に立たない。川路と二人で、机と引き出しに残った旧版を数えた。

トキが選んだのは、早期払いを受けながら検証を続ける方法だった。布の売上で払う予定だった糸代を、もう待たせられなかった。

「私が急いでいるから、これで納得したように書かないで」

受付の机で、彼女は言った。

葉菜は受取の文を読み上げた。額と、何のための支払いか、追加の検討が残ること。トキは自分でも読み、日付の横へ名を書いた。それから会へ来た二日分の時間と、再度の荷車代について記した紙を出した。認められるかは未定でも、調査のために必要になった支出として別に検討してもらう。

トキの申立てには、まだ照合の終わらない一件が残った。売買控えと買付帳の時刻が合わず、同じ日に別の荷を扱った記載なのか、翌朝まとめて書いたのかを確かめる必要があった。周作は、店の癖ならこうだと思う、と言いかけたが、その場で言い直した。古い仕入れ票の束を調べてから返す。葉菜はその返答日を三日後と記し、見つからなければ見つからないと知らせることも、受取票へ加えた。トキはその一件だけを指して、終わった紙へ移さないでほしいと言った。

早期払いの封筒には、その保留中の取引を精算したという記載を入れなかった。会計の帳面でも別の欄に置いた。金を渡した日と、問いに答えた日が同じとは限らない。その二つを分けるためだけに、川路は帳面の線を一本増やした。

周作の文章は、封をしたままトキに渡すか確かめた。トキはその日は受け取らなかった。

「返事をしないで済むと決まったら、後で読みます」

「返事は条件にしません」

「それも向こうへ伝えてください」

千路は外の石段で待っていた。試験に呼ばれるために来たのではなく、糸屋へ一緒に行くためだった。葉菜が窓から見ると、彼は小枝で石の間の砂を掻き出していた。トキが出てくると、すぐ立ち上がった。葉菜は二人を引き止めず、払いの記録に戻った。

小さな封筒が渡ったからといって、失われた布が戻るわけではない。トキの控えには、当日の十四斤という数字が残っている。その横に正しい数字を書ける日は来ないかもしれなかった。けれど、その数字で商いが済んだことにされるのを止めるための、別の紙はできた。

二週間の終わり、試験の記録を綴じる前に、沙和が乾いた木台を作業机へ置いた。湿った日に見えた接触痕は、乾いても消えていない。葉菜は指で触れず、灯りの角度を変えて見た。部品の一部を削るだけで当座の動きを良くする案は採られなかった。台を交換し、荷を載せる場所と検査の仕方を改め、実際の設置場所で確認する。その作業には、まだ数週間が要った。

「戻せば、終わると思う人がいる」

三津田は停止中の札を見ながら言った。

「窓口は、ここが動いてからも残します」

葉菜が答えると、彼は担当表を開いた。再開後の当番も、来月の欄へ書き込まれていた。川路が仕事を離れる時間には別の者が座る。申告を受けた者と、計量をした者の記録を分けて保管する場所も決めた。空の引き出しに紙の札を貼るだけの作業だったが、誰もそれを省かなかった。

周作は最後の帳簿を受け取りに来た。原本を返したあとも照合できるよう、提出した写しとページ数を二人で数えた。彼の店が先に入れる金の受領書には、店の印と、説明を受けた担当として彼自身の署名があった。

帰る前に彼は停止した秤へ目を向けた。その手が腰のあたりで一度動いた。葉菜は、叩く仕草をするのかと思ったが、周作は何にも触れず、外套の釦を留めた。

市場の庇に交換する木台の置き場所が空けられた。運搬人が古い縄を巻き取り、床を掃いた。まだ再開の日を告げる札は出ていない。葉菜は翌朝に返事をする約束の申立票を三枚、机の右へ置いた。秤を使わない日にも、七時は来る。彼女はその三枚に目を通し、最初の一枚に書かれた連絡先を、控えと突き合わせた。

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